再び感じる温度差

 
 父が亡くなったことを、メールやSMSで友人たちに知らせた日。
友人たちはそれぞれメールでお悔やみの言葉を送ってくれました。
自分としてはこれで十分で、「とりあえず連絡は済んだ」と思い、この後は通夜や告別式などを行っていったのですが・・・。
ショックだった出来事が起きたのはこの後。
 
 
 通夜や葬式が終わった後、近所に住む友人のお母さんが家に訪ねてきてくれました。
ゼリー詰め合わせのお供え物まで持ってきてくれて。
これは本当にありがたく、ひたすら感謝です。



そのため翌日にその友人にお礼のメールを送りました。
「わざわざ申し訳ない」と。
で、友人から返信が来ました。
「俺が線香上げに行けないからいってもらった」ということで何ともありがたく、ここまでは良かったのですが・・・。
その後の一文に衝撃を受けました。
「そういえば他のみんなには伝えているのかい?」
 
 
 ちなみにこの友人が、訃報を知らせるメールを送ったときの一人目。
父との面識度合いを踏まえて最初にメールを送った友人でした。
そしてそれが「MAILER-DAEMON」。
そのため、やむなくSMSで手短に知らせたわけですが・・・。
前回の記事に書いたとおり、自分は疲れている中で足りない頭をフル稼働させて文章を作り、最初にこの一文を入れました。
「このメールは○○、○○、○○に送っています」と。
それこそ、こういった余計な心配をさせないためにこの一文を入れて送信していただけに、この友人の問いかけにガックシきました。
「いやいやいや・・・」と。
 
 
 まぁこの友人は大企業に勤めています。
自分と違って立派な人生を送っている人間です。
そのため、友人からしたら非常識の固まりである自分に対し、その部分が心配になったのも分かります。
「あいつのことだから、他の人間には伝えていなさそうだな」と。
ここまでは重々に理解出来ます(笑。
 
 
 が、ですよ。
実の父親が亡くなるという、人生で一度限りの大きな出来事。
友人に「ちょっとした遊びの約束を取り付ける」なんてものとはまるで違うわけですから・・・。
そりゃいくら俺でも、メアドを知っている友人全員にはメールしますよ。
それこそ、後で、「え?俺知らされてないけど」なんてなったらいろんな意味で気まずいし。
険悪な仲でもなければ、まず連絡するのが普通でしょう。
 
 
 で、この友人。
実は以前書いた記事の「家族であるがゆえの悲しみの深さを知る」で登場した人物。
過去にそういうやりとりがあったこともあり、余計に精神的にきました。
また、このときに改めて実感したんです。
「やはり家族と他人では亡くなったことへの受け止め方は、とんでもない温度差がある」と。
 
 
 と・・・、父が亡くなった後、友人とのやりとりでこれらのことがあったわけですが・・・。
このとき感じてしまったのは、この友人との「縁」みたいなものが弱くなったということでした。
後に友人からメアドが不通だったのは、「スマホを変更したから」みたいな話も聞きましたが・・・、自分としてはそういうのも含めて縁といいますか・・・・・・。
やはりこういうときに連絡がつかなかったというのは、一つの終わりというか、関係が次のステージ移行したと感じた瞬間でした。
それこそ、メールを送信した友人全員が「MAILER-DAEMON」だったらまた感じ方もちがったのでしょうが(笑。
連絡がついた人間とつかなかった人間。
ちょっとしたタイミングというか運のようなものなのかもしれませんが、そこには縁のようなものを感じにはいられませんでした。
 
 
 最後に言っておきたいのですが、これはこの友人を責めたいわけではありません。
相手に対して「ガッカリ」したのではなく、なんというか脱力する「ガックシ」という感じ。
それというのも、自分もこの友人に対してここ数年の間、だいぶ不義理していますから・・・。
飲みやメシに誘われても断ったりして。
だからこういうことになるのも自分の所為が大きいと思います。
そしてそういう不義理をしている限りは、これからはこういうことが増えていくし、それも受け入れ生きていかなければいけないのだなと強く感じました。
 
次回につづく

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