the last day



 緩和ケアの病室に移った当日。
父と病室にいると、今後の件について担当看護師のKさんがやってきました。
Kさんは父に、「今後のことについていくつか確認したいのですが」と聞いたものの、父はそれどころではないらしく、「今は答えられないですね」との返事が。
そんな様子をみて相当辛いことが分かったので、父への質問はまた後日に改めてもらい、自分が答えられる範囲で今後の方針について答えることにしました。
部屋を出て移動しながら、緩和ケア病棟の設備や入り口について一通り説明を受け談話室のような部屋へ。
 
 
 まず最初は緊急時の連絡先について確認。
これは母と自分のそれぞれの携帯が連絡先になっていたので、「それで問題ありません」と答えました。
するとKさんから、「今後はいつどうなるか分からないので、深夜や早朝でも連絡が行く可能性がありますのでよろしくお願いします」との説明が。
ちなみにこの時点での父の余命は3ヶ月とのこと。
また今後のことについて書かれた紙を渡され、症状が進行していき亡くなる一週間前ぐらいになると、意識も混濁してきて会話が成り立たなくなる恐れもあるといった話も。
これらの話を聞かされ、いよいよ父の死期が迫っていることを実感しました。

   


 と、そういった話を10分ほどして、後は再び病室へ戻りました。
父は相変わらずベッドに横たわったまま。
そして後は病室にいて父の様子を見ていたのですが・・・。
きのうを含めた2日間。
父から言われたりしたことは、「吸い飲みに水を入れてほしい」や、「ティッシュをここに置いて」でしたが、他にも言われたのは、
「なにもしないことが一番むずかしい」
ということでした。
これは最初に聞いたときはちょっと意味不明で、「ん?」と思ったのですが、苦しんでいる父にその真意を確認することも出来ませんでした。
まぁ自分としては、「あまり余計なことはしないで、見守ってくれ」ということかなと思いながら病室に居続けました。
 
 
 またそれ以外で不思議に思った父の行動は、ときおり、「手を握ってくれ」と握手を求めてくること。
これも最初に聞いたときはベッドから体を起こすための支えにでもするのかと思ったのですが、実際はただこちらの手を軽くギュッと握るだけ。
その後に、「まだ大丈夫だ・・・」とか、「がんばれがんばれ」と自分を鼓舞するように独り言を言っていたのですが・・・。
今考えてみると、これは父がまだ自分の体に力が入るかどうか確認していたのだと思います。
このときはそのことが分かりませんでしたが。
 
 
 で、そのまま病室に居続けていていると、あっという間に13時に。
この日は銀行に行く用事があったため父に、「また明日くるから」と言うと、父から「あ~分かった」という返事が。
そしてこの日は叔母たちが見舞いにくることになっていたので、後は叔母たちに任せることにし、病院を後にしました。
 
次回につづく

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