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思う気持ちはプライスレス

最近、自分が見ている番組で立て続けに「親の葬式」の話題を取り上げていました。

例えば「戒名の値段問題」など。

 

 

昔なら金に糸目をつけずに、「親のために高い位の戒名をつけて見送ってあげよう」という感じだったみたいですが、この頃は事情が違うようで。

「別に高い戒名でなくてもいいでしょ」と感じる方も多いようです。

かくいう、自分もその一人。

 

 

ちなみに親を軽視しているわけではありません。

ただ、数年前から葬式に関しては「費用が安い葬式でも問題ないよな」と思ってはいました。

だって、かけた費用に応じて死後の世界で何かが変わるとは思えなくて。

そもそもあの世が存在するのかも・・・。

まぁ、こういうことを言いだしたらキリがないのですが。

 

 

ただ、こじんまりした葬式だと、周りに対して恥ずかしいというか負い目を感じるとは思います。

その、世間が思う理想の葬式というか、一般的な形式の葬式より見劣りすれば影でなんやかんや言われるのが世の常ですから。

でも、そういう「見栄」の部分を狙ってくるのが、葬式ビジネスなのかなぁと。

 

「やはりお父様(お母様)のことを思えば、このぐらいのお葬式をしませんと」

「お父様とお母様の戒名の位が違うと天国で会えませんよ」

 

こういうことを言われたら、やはりそれなりに考えさせられますもんね。

 

 

しかし、先日のテレビ番組で有吉さんが、

「宗派や位が違うと天国で会えないというなら、外国人と仲が良かったとしても向こうで絶対に会えないことになるよねw

と言っていたのを聞いて、自分は「そりゃそうだ」と激しく納得してしまいました。

そう考えると、そんな実在するかも分からない、真実が分からないことに対して、数万円~数十万円のお金を払うのはどうなのかなと思わざるを得ないわけです。

親の心情としても、それなりにはお金をかけてほしいとは思うでしょうが、必要以上のお金を使ってほしくはないでしょうし。

使うのなら、これからも生きていく人間のために使った方が有意義というのが正直なところではないでしょうか。

 

 

ま、こういうことを言うのも、正直、みみっちいような気もするのですが、今はそれを主張しても許される時代になってきたように思います。

昔から葬式や戒名の値段に疑問を持っていた人は居たと思いますが、やはり周りの目や声が気になって言われるがままやっていた人が多いと思いますし。

ただ、冷静に考えてみれば、これってやはり根拠はないように思います。

専門家、有識者の意見は違うかもしれませんが・・・少なくとも自分には違いが分かりません。

 

 

だから、こういうことを考えると、これからのお坊さんは本当に大変だなと思います。

何も言わなくてもホイホイ払ってくれる人が少なくなっていることや、お墓を建てないという選択史が出てきている風潮を考えると、稼げるポイントはかなり減ってきたように思います。

まぁお金儲けをしたくて坊主をやっている人はほとんどいないとは思いますが。

でも、今後は最低限の生活も大変になるような・・・「坊主丸儲け」なんて言葉は当てはまらない世の中になってきたのかも知れません。

 

 

結局、今のご時世、「形のないもの・見えないものにお金を払わせるのは非常に難しい」というでしょうかね。

一昔前、高級スポーツカーを乗り回していた織田無道が懐かしい今日この頃です(笑。


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